集中力がほしい。忍耐とか我慢する強さとか。 ほんまこんなんが全てやと思う。 毎日毎日 基本 楽しい。 好き勝手適当に生きてる。 もっと苦しまな...

あーつかれた。インドにいきたい/京都の後輩からの電話。

Update:2008-09-20 (土)
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集中力がほしい。忍耐とか我慢する強さとか。

ほんまこんなんが全てやと思う。

毎日毎日 基本 楽しい。
好き勝手適当に生きてる。
もっと苦しまないと。
余命3ヶ月とか宣告されんとあかんわ。

甘すぎる。完全に弛すぎる。

もっと破滅的な激動な感じじゃないと 生きている意味がない。 マジダメだ。
あー よえー 俺。 ダサい。 ちょっと 本気で考えてみよ。

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京都の後輩からの電話。
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約38分間、話した。

まずは、Iクン。相変わらず腹黒そうな感じが電話からも伝わってきますw

で、Kマン。相変わらず茶坊主のイメージのままですw

で、その相方のTちゃん。 4月から五反田とのこと。

とにかくみんな待ってます。
僕はさみしくて死んでしまいそうですw

ここに一年半いるけど、精神的な充足感はかなり無いけれど、
分かりやすいのである種、生きやすかったりする。

ま、いろんな人がいるのでおもろいのはおもろいんだけど、
京都時代の無駄な忙しさが恋しい。

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さて、学生時代から結構確信していたことがあって、
当時に書くと、いやらしかったので書かなかったことがある。

それは、

『ぜったいそこらの社会人より今の方が大変やわー
 どんなに思考しても何してもお金も時間も体力も限界やしw』

って感じのこと。

で、実際、曲がりなりにも一年半社会人をやってみた感想は、

『やっぱ、学生時代のほうが100倍苦しかったなー』

って感じになります。

ま、100倍は誇張としても、心的にはそんな感じです。

それほどまでに、今の楽しさ、おもろさ、幸せ度、やばさなどが
半端ないということです。

昔は、もちろん楽しかったです。やばいくらいに。
だけれども、同時はものすごく苦しかった。

お金も無いし、時間も無いし、スキルも無いし、
周りにはビジネス、政治でおもろい奴らがわんさかいるし、
自分もいろんなところに興味があって、なにをどうやっていくのか、
悩みに悩んで日々どうしようか思考しまくってた。

当時の日記はすべて残っているので、その時のを見返すと、
ほんとに死にそうな苦しさを思いだす。

でも、今はそれほどまでにしんどくはない。

仕事はチームやパートナー企業やお客さんなどとの関係の中で、
色々な背景や調整が原因などが絡んでくるけれども、
頑張ってやるのは楽しい。

だが、当時は無限に時間がある中でその中で、
リソース配分を適切にするのに苦悩していたな。

もちろん当時から、

『こんなに思考できるのは、きっと当分来ないだろうなー』

とは自分自身でずっと感じていたので、そんなことを理解しながらおなかいっぱいそれを享受してた。

けど、今はどうだろう?

当時と現在をちょい俯瞰して比較してみると、
まず圧倒的に違うのがやっぱり

自由な時間。

社会人になると、付随して拘束される時間が24時間のうちでの大勢を占めてしまうのは事実。

もちろん、数年後や10年後などはこの時間もどんどん減ってきて、
ぬいぐるみと遊んだり、本を読みまくったりするんだけど
(好き勝手生きてると思うので)、
現時点ではまだ東京に出てきたばっかりの若手社会人にしか過ぎない。

なんで、

やっぱりそれに伴い、思考の深度も浅くなる。

これをホンマに僕は憂いている。

もちろん、その代りにいろんな経験などを半端なくしてはいるんだけど、
僕にとって考える時間が無いのは、何よりも苦痛になるのだ。

と、さっきと全く逆のことを言っているのに気づく。

自己矛盾の中でも、僕の中では体系立っている現実であり、
それらの関係性をどう認識し、分析するかというのが、めちゃおもろい。

けど、そういうのができへんねん。

僕の場合そんなに頭がよくないので、
考えるのにある程度の環境とある程度の時間が必要になる。

最低でも30分程度、『完全なる自己の時間』が無いと、
自己と向き合うことはできないのだ。

これが、1時間とか半日、数日間などものすごく洗練された時間が
ある一定期間維持され続けると、それなりの気持ちの良い思考ができる。

僕はそれが好き。

で、それがないといらついてくる。。。。

もちろん、バスや電車などの長時間移動などの時は、
周りに介在するものが少なくなるので思考の統一感は維持されやすく、
思考状態にすぐ没入しやすくはなる。

つまり、上記のような状態が社会人と学生時代では
全く違うなーと僕は感じる。

だからこそ、数少ない『思考の時間』を僕はめいっぱい楽しむし、
今後も貴重な時間を大切に享受していこうと思う。

で、この辺で終わるために整理する。

①学生時代は、チョー忙しく苦しかったが、
 思考の時間があって充実してた。

②社会人になって、チョー楽しいけど、時間はそんなになく
 いらいらすることもある。

昔と今を比べると、まだまだ今は甘いと思う。

恵まれすぎている。

ちょうど一年半たって、残りを考えるとふと最近思っている。
僕の主戦場は、ここではない。

教育だ。
教育が僕のすべてだけど、今はまだいけない。
自分の力のなさを口惜しく思うけどまだ今はその時ではない。
急かす自分を思いとどまらせる。

だから、もう少し、もう少しだけ、待っていてほしい。
僕が必ず、救い出して、守り抜いてみせる。

おわり。

丸田勝也 公明正大に、誠実に。
あなたの考えを聞かせて下さい
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